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少しだけ、カオティック。

「少しだけ、カオティックだな」と思った。街は全くの無秩序じゃないし、かと言って全てが秩序立っている訳でもない。飽く迄も「少しだけ、カオティック」なのだ。それが大阪にある通称「あいりん地区」に滞在した時の素直な感想だった。

それはなんと言うか、令和の時代にあって、行政権力や警察権力の介入から零れ落ちている様な空間だった。街には路上で寝てる人や酒盛りをしている人、呂律の回らない声で喧嘩をしている人、猫や用途不明のガラクタが目立ち、それらを蝉の鳴き声と照りつける八月の太陽が包んでいた。

そして自動販売機は50円、ラーメンは200円から、宿泊は1000円も出せば十分なくらいに物価は安く、コインランドリーや銭湯も多い。詰まるところ周辺に比べて生活コストが極端に低く、少額で滞在可能なのだ。

そりゃあ色々な人が流れ着く筈だと思いながら街を歩くと、「居酒屋で覚醒剤を売るな!」と書かれた看板等、色々な光景が目に飛び込んできた。滞在中はスーパー玉出で見知らぬおっちゃんに「なぁにいちゃん、素麺買ってくれや」と絡まれたり、夜道では酔っ払いに絡まれたりして、多少なりとも厄介な思いはした。しかしどうしてもこの街が嫌いになれないと言うか、ある種のシンパシーを抱いている自分がいたのだ。

それはつまり「無秩序さ」の残滓に対するシンパシーだ。

周辺を少し歩けば、都市計画が行き渡り、秩序だって整備された地域が広がっている。そして目線を上げれば高層ビルの「あべのハルカス」が我々を睥睨しているのも感じる。おまけに(ある意味で)華やかな飛田新地もすぐ隣だ。

そんな中にあって、周辺の地域が発展するのにしたがって失ってしまった「無秩序さ」の残滓がこの街に集まり、有機的に絡みあっている。それは例えば道路に無造作に置かれた椅子やテーブルやパラソル、公園内に建てられた建造物、露店、路上で寝ている人などだ。かつて法の狭間に存在したであろうある種の「無秩序さ」がここには確かに残っていて、それに対して確かにシンパシーを感じるのだ。それは自分が公務員を辞めて風俗で働いているからかもしれないし、生来の性格から来るものかもしれないし、出所は定かではない。

しかし、この「無秩序さ」の残滓が絡み合いキメラの様な存在感を醸し出す街が好きなのだ。ドヤの部屋が汚かろうが、酔っ払いに絡まれようが、全てが秩序だった街よりも余程魅力を感じてしまう。

そして滞在期間が終わって街を後にする時には、またいつか戻ってくるだろうとの予感と共にマスクの中で独り言ちるのだ。「少しだけ、カオティックだなぁ」と。

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